【推薦曲】時計 / オルケスタ・ロマーンティコス・デ・クーバ
El Reloj / Orquesta Romanticos De Cuba
時計 / オルケスタ・ロマーンティコス・デ・クーバ
◎この記事は、『キューバの旅』に連動しています。
★愛していると、『時計』はうたえない……
この夏のキューバの2週間は、あっという間に過ぎた。
帰国する日の前夜、僕はイリアナの寝室で彼女の肩を抱きながらベッドに寝転び、目を閉じて過去に思いを馳せていた。ほのかなオーデコロンの香りが懐かしさを運んできた。ラジオから流れているカリビアン・ミュージックは、バハマかドミニカあたりの放送らしかった。スタンドのあかりに照らし出された彼女の横顔が、20数年という時の隔たりを感じさせた。あの頃、精一杯背伸びをして大人の仲間入りをしようとしていた少女のような彼女は、成熟した女性に変貌していた…。
彼女とベッドを共にするのは、これが2度目である。むかし、彼女の両親の招きで、初めてハバナの自宅を訪ねた夜が最初だった。レースのカーテン越しに差し込む月の光と、遠いマレコンの潮騒が胸の高鳴りを誘い、夜明けの速さが恨めしく思われたのもこのときだった。そしてこの後、彼女とハバナからサンティアゴ・デ・クーバまで旅を続けることになるのだが、この旅が終わる頃には、僕たちは国や言葉の違い、その他種々の障害はあったが、“人間同士”として離れられなくなっていた。当然といえば当然の成り行きだった。
やがて、帰国を明日に控えた夜、僕たちは初めて逢った日のようにマレコン通りを歩いた。もう誰に遠慮する必要もなかった…と書きたいところだが、シークレットの目が光っていた。
初めてのキューバ旅行のときは僕がターゲットだった。しかし、今度は僕ではなく、彼女に対してだった。何の目的の尾行だったのか…。おそらくは、資本主義国の人間と私的な関わりを持つことを固く禁じているからだろう。僕は、後ろに人の気配がするたびに、「そちらがそうなら、こちらも見せつけてやるぞ!」とばかりに彼女の腰をしっかりと抱いて、わざと大きな声でうたったものである。
♪Reloj deten tu camino (レロー・デテン・トゥ・カミーノ)
Porque mi vida se apaga (ポルケ・ミ・ヴィダ・セ・アパーガ)
Ella es la estrella que alumbra mi ser (エージャ・エス・ラ・エストゥレジャ・ケ・アルンブラ・ミ・セール)
Yo sin su amor no soy nada… (ジョ・シン・ス・アモール・ノー・ソイ・ナダ…)♪

※深夜のマレコン通り
指をからめ、波打ち際の歩道をゆっくりと歩きながら、繰り返し『時計』を口ずさんだ。足元で白波が砕け散っていた。視線を移すと、街路灯が映し出す彼女の頬に涙がひとすじ光っていた。
さだめとはいえ彼女はキューバの役人、こちらは資本主義国から行った一介の旅行者である。僕たちはその禁を破ったが、本来なら道路を挟んで向こうとこちらに分かれて歩かなくてはならないのだ。許されるはずもない恋だとは分かっていた。
「時計よ、時を止めてくれないか……」
僕がうたうと、彼女は声をあげて泣くのだった。
以来、僕は彼女の前で『時計』の歌を口ずさんだことはない。そしてもちろん、「これが最後」と心に決めて出かけた今回の旅でも……。
(Fin)
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