【こころの歌】ロベルタ / ペピーノ・ディ・カプリ
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作成日時 : 2018/09/10 02:30
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こころの歌
Cancion del Corazón de la mejor
Roberta / Peppino Di Capri
ロベルタ / ペピーノ・ディ・カプリ
◆ロベルタ(歌詞意訳)
僕はもうあなたを必要としてはいない…
あなたはそれが本当ではないことを知っています
あなたが僕を信じていないとは僕は思っていません
ロベルタ、僕の言うことを聞いて…
僕は戻ってきて、またあなたに懇願するでしょう
あなたと一緒にいると、とても幸せでした
僕はあなたを愛するすべを知らず、あなたのことを理解していませんでした
ロベルタ、僕を許して、もう一度戻ってきてほしい…

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◎昭和はアナログ、平成はデジタル時代。そして…
昭和の時代にはこうした名歌、名曲が数えきれないほど耳に届いたものだが、時代は移りここ数十年間の平成の世の中に目を、いや耳を向けると、グローバルな傾向として、そうした作品は圧倒的に少なくなったように思える。
今や世の中、娯楽は多種多様。社会全体の風潮として友達とも昔のような付き合い方をしなくなってしまい、独りで楽しむことが多くなった。そのため人間同士の、昔風な血の通った交流など不要になってしまったと言っても過言ではない。
好きな女性と付き合うのも、以前はこちらから言葉をかけることが出来ず、熱い思いでラヴレターを書いたり、酷いときにはそれを渡すことすら出来ず、悶々とした気持ちで日々を送るなんてことは日常茶飯事。だから、手を握るどころか、キスすることなど夢のまた夢だった。
ところが、今は携帯から単刀直入に口説き文句をメールするだけで済んでしまうというから驚く。知らない相手とその日に会い、後はどうなときゃあなろたい…という訳で、一通り済ませてしまうことも多々あるらしい。
僕が過ごしてきた昭和の時代は、今にして思えばアナログの時代であり、現在のような無味乾燥なデジタルの時代とは異なり、世の中全体がもっと人間的に動いていたような気がする。
◎今は幸せか…
この歌を聴くと、昔、NHK-FMでDJを担当していたT・Мを思い出す。彼女は、僕がラテン・アメリカ狂いであるのと同様に、ヨーロッパ、殊にイタリア狂いで、よくナポリの話を聞かせてくれたのだった。
当時、FM誌のNHK担当記者をしていた僕は、放送のある日は仕事を早めに切り上げ、彼女が仕事を終えるのを待ったものだった。
彼女を含め、当時、NHK-FMにおける人気DJは4〜5人で、中でも彼女はプロデューサーたちにも人気があった。かく言う自分も、初対面から印象に残ったのはT・Мだった。いつごろから親しい間柄になったかは定かではないが、そうなることはすでに初めて言葉を交わした時から決定づけられていた気がする。これは後から彼女に聞いた話だが、最初に会った時、互いの視線の間でキラッと星が輝いたのだという。
待ち合わせ場所はNHKの傍の東武ホテルと決めていた。いい歳をして会うたびに胸が高鳴った。アナログ的に言えば、求めても求めてもお互いまだ何かが足りないような気がしていた…。
世の中は、波風を立てることなく全てが順風満帆に廻るとは限らない。望まぬ結末の方が多いかもしれない。僕らは船出はしたものの、大海の荒波を乗り切れなかった。
“悲しみ”は、人生という長い旅の途中の岐路に立つ“道標”のようなものである。長く引きずるか,それをバネにして進むか、いずれの方向に行くかは本人しだい。僕自身のことを言えば、数十年経った今も胸の中で何かがくすぶり続けている。
彼女は元気にしているだろうか。そして、最後の夜の約束どおり、幸せをつかんだろうか。NHKの傍を通る時、タイトな紺のスーツに身を包んだあの日の彼女が颯爽と歩いて来るような幻を見ることがある…。(Fin)
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