★雑記/ジャズが世の中に潤いをもたらしていた頃は…




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から30数年前、まだジャズが世の中に潤いをもたらしていた頃、夏ともなれば各地でジャズ・フェスティヴァルが盛んに開かれていた。
その例にもれず、このビデオもその中の一つ、山中湖にあるホテル「マウント富士」で開かれたジャズ・フェスのステージの模様である。
この催しは夏季恒例の行事となり、かなりの回数を重ねたのだが、「当初は果たしてファンが集まるか否か相当気をもんだ」と、催しの企画に参画した、友人で当時ホテル・マウント富士の支配人をしていた堀川進氏は振り返る。

の頃は、来日ミュージシャンもそうそうたる顔ぶれで、かれらの素晴らしい演奏に胸躍らせたものだった。
ここで採り上げた『ソング・フロム・ジ・オールド・カントリー(古い田舎の歌)』は、個人的には初回の来日メンバーの演奏が好きである。そのときのステージは、ドン・プーレン=ジョージ・アダムス・クヮルテットとしてドン・プーレン(pf)、ジョージ・アダムス(ts)、キャメロン・ブラウン(b)、ダニー・リッチモンド(ds)というメンバーだった。

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ドン・プーレン(pf)

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ジョージ・アダムス(ts)

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キャメロン・ブラウン(b)

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ダニー・リッチモンド(ds)

しかし、帰国後まもなくダニー・リッチモンドが急逝したため、次の回はルイス・ナッシュが後任をつとめた。もちろん、どちらも非の打ち所がない一流ドラマーである。しかし、どうしたわけかリッチモンドが叩いていたステージの方がしっくりくるのである。

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ルイス・ナッシュ(ds)

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のグループの演奏は、フリー・ジャズと言うべきところもなくはないが、ファンキーでパワフル、それでいて都会的な面を併せ持ち、聴いていて飽きない。ことに“手首回転連打奏法”というか、いかにも痛そうなアドリヴ・プレイはプーレンならではのテクニックである。余談だが、これを真似て弾こうとして手の甲の皮を剥き、指の関節を腫らして1週間あまりピアノが弾けなかったというあるピアニストを僕は知っている(笑)。

て、初回演奏のメンバーは、ベースのキャメロン・ブラウンを除く3名が世を去り、ふたたび眼前でかれらの演奏を聴くことは泡沫と消え果てた。時の過ぎ行くのは無常なものである。そういった意味でも、このビデオはかれらが残した貴重な1篇と言えよう。 (Fin)

◆こころの旅『推薦曲』より再掲

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